emptyship666
http://emptyship666.blog84.fc2.com/
World Wide Weblog
JAPAN
平和の祈り
2008-04-24 Thu 23:38
20080424233851
20080424233849
20080424233847
20080424233845
20080424233842
日数:173日目
距離:沖縄県那覇市camcam沖縄〜沖縄県那覇市ロハスヴィラ
多謝:camcam沖縄さん・清掃のおじさん・沖縄バスさん・安良ルリさん・レストハウス優美堂さん・ミュージアムショップのお姉さん・展望台のおじさん・花屋のおばさん・散歩のおじいさん・タクシーのおじさん・ロハスヴィラさん・田村さん・他お世話になった皆さん

沖縄に来たのだから、戦争のことを知らずには帰れないだろうと思い、今日は南部へ行きました。
天気は良好。
ニンジン畑やサトウキビ畑が広がる道をバスで進んで、ひめゆりの塔に到着。

奥のひめゆり平和祈念資料館は、戦争を知らない世代が人口の過半数を超え、未だ紛争の絶えない国内・国際情勢を思うにつけ、40年以上経った今でも脳裏を離れない戦場の惨状を体験した人々によって設立された施設だそうです。
元ひめゆり学徒の方が、実際に館内で話を聞かせてくれました。
米軍のフィルムと生存者の証言の映像や生存者の証言本からも、生々しい戦争の実態を知ることができます。
戦争の恐ろしさを語り継ぎ、平和であることの大切さを訴え続けることこそ亡くなった人々の鎮魂と信じて行動している証言者の方々を、本当に尊敬します。
思い出そうとしただけで苦しくなるはずなのに、それを話すのは辛いはずなのに、亡くなった人々の願っていた平和を守るのために、傷口を抉って伝えてくれるなんて強い人達だと思います。
自分は絶対、人になんて言えない…。
ある証言者の方は、その時亡くなった幼なじみの写真を今でもずっと持ち歩いていました。
「16歳の彼女は、私が70歳になっても、16歳のまま微笑んでいます」
自分も、死んだ子の今の姿は想像できない。
ずっと死んだ時のまま、頭の中で駆け回ってるんだよなあ。
戦後に生まれたことは恵まれたことけど、戦争を知らないことは悲しいことだと思いました。
「勝った方も負けた方も、何も得るものがない。むごいものだ」
ある証言者の方はそう言っていました。
戦争をするのが人間なら、それを起こさないように平和を維持できるのも人間だけですね。
外に出て、ガマ(伊原第三外科壕)の側に建つひめゆりの塔に、花を供えて手を合わせました。
ガマの穴は暗くて、静かだけど悲鳴が聞こえてくるような深さがありました。

ひめゆりの塔から平和祈念公園へ移動すると、摩文仁の丘に建つモニュメント・平和祈念堂で手を合わせました。
大きな聖像の頭上に、ガラスの群星(ムリブシ)が輝いてキレイです。
外にはオオゴマダラの舞う清ら蝶園や、ガジュマルの生い茂る瞑想の森がありました。
平和の火が灯された礎からは、断崖絶壁と海岸線を眺望できます。
礎には大勢の戦没者の名が刻まれていて、白百合が咲いて穏やかな波が打ち寄せるこの景色は、平和があってこそなんだと改めて思いました。

赤い屋根の平和祈念資料館では、沖縄戦の様子を映像や写真で展示していて、中でも戦場で犠牲になった人達の大型写真と衣服は、死が目の前にあった当時の様子がよく分かりました。
手足がなかったり、顔が潰れていたり、内臓が飛び出していたり…視覚が教えるものは、あまりに無惨な現実でした。
大きすぎた代償を払って得た平和も絶対ではないんだから、こういった戦争を許さない努力が必要なのだと思いました。

霊域で徳島の塔に花を供えて下りると、途中で野良の子猫が5匹いました。
持っていたパンをあげて遊んでいると、地元のおじいさんがやって来て猫をお持ち帰り。
飼ってくれるそうです。
いい人だ!
良かったなあ、でもビックリした。

帰りは地元のおじさんが、喜屋武岬へ連れて行ってくれました。
集団飛び降り自決のあった断崖絶壁の岬で、下の岩が赤く染まり「血の海」となったそうです。
それも嘘のようにキレイな岬で、余計に切なくなります。
今歩いている場所も、人が死んだ上なんだ…。
忘れちゃいけないな、今日のこと。
NEW WINDOW(別窓) | JOURNAL/沖縄・諸島 | COMMENT:0 | TOP↑
| EMPTYSHIP |
copyright © 2006 EMPTYSHIP all rights reserved. powered by FC2ブログ. template by [ALT DESIGN].
無料ホームページ アフィリエイト レンタルサーバー /1GB!FC2ブログ(blog)